ホテル・ロビー集合時間は5時50分。朝日の棚田を撮るために6時出発だ。ホテルの朝食は6時30分からだったので朝食を食べていては間に合わない。主役のリー・ミンの到着が少し遅れたけれど、何とか朝日には間に合った。映画の中で、アミンとルオマが観光客に写真を撮らせてお金を稼ぐまさにその場所である。
濃い霧と眼下の厚い雲で何も見えない。しかし、すでにアマチュアカメラマンの三脚の列ができていた。Hさんがよいポジションを取って前へ出ると、彼らから「えい!」と怒りの声が出る。中国式ブーイングらしい。僕たちのまわりにはゆで卵売りの子供達が寄って来た。一個一元(約15円)。女の子は全員ルオマのようなハニ族の民族衣装を身につけている。中にはハニ族の帽子を被った赤ん坊を負ぶった若い母親もいる。Nさんが、子供たちを去らせようと卵を買ってやったが逆効果、全員が仲さんに群がり、なんと、Nさんは40個ものゆで卵を買わされてしまった。朝食にありつけなかった我々は、ゆで卵と昨日買ったバナナで餓えを凌いだ。そうこうしているうちに、霧が少しずつ晴れて雲が明るくなってきた。
カメラマンたちの緊張が伝わってくる。太陽が顔を出すにつれて雲が流れ棚田が現れた。目の当りにした元陽の棚田は、きれいとか雄大というよりも壮大で一種近寄りがたい神々しさがある。あちこちでシャッター音が聞こえる。陽が当たり、水を湛えた棚田の数枚がぴかりと光る。Hさんが「りんむーさん、いい写真撮れましたよ」と僕のほうに振り返った時は涙がこぼれそうになった。
リー・ミンはいつでも行けるように待機していたが、Hさんは風景カットだけ抑えて、リー・ミンを撮影する気はないらしい。雲が流れてきて棚田が見えなくなると、HさんとM氏は谷に降りていった。HさんのカメラマンコートとM氏のオレンジ色のコートが谷間の雲に隠れた。
HさんとM氏は、今日はロケハンにあてるつもりらしい。「いい場所が決まれば仕事は終わったようなものです」とHさんが言っていた。
厚い雲がとれないので、ハニ族民族村に移動する。民族村とは言ってもお祭り広場と資料館があるだけで全然観光地の感じはない。広場ではハニ族の子供たちがわいわいと遊んでいた。男の子も女の子も民族衣装である。子供たちに残っていた卵をあげると声を上げて喜んだ。家に駆け込んでお母さんに見せている子もいた。資料館は古くはなさそうなのだが、さびれていた。伝統的な農機具が展示されていたり、“長街宴”という村の全員が向かい合って食事をする祭りの様子のフィギアがガラスケースに飾ってあったり、水稲の伝播を表す地図があった。水稲の足跡は中国の海岸にも達していた。そこから日本に伝わって、日本でも水稲をするようになったといわれている。ハニの民は日本人のルーツなのだ。
それ以外の建物はハニ族の皆さんが普通に住んでいる。とぼけた顔をした水牛や黒豚が納屋の中にいたり、洗濯物が干してあったり。リー・ミンはこの村に撮影前2ヶ月間暮らしたと言う。リー・ミンは元陽の出身ではなく、隣の町紅河の役人の一人娘で棚田のあぜ道を歩いたこともなかったらしい。2ヶ月の特訓で村の娘のようにかごを背にして、あぜ道を自在に駆けることができるようになった。『雲南の少女 ルオマの初恋』のルオマの家もその中にあった。2階に設けられた物干し台は撤去されていたが、階段やとうもろこしを茹でていたかまども機織の場所もそのままだった。思ったより狭くて、映画の中ではルオマが軽快に1階2階を上り下りしたり、おばあさんと食事をしていたけれど窮屈だったろうなと思った。それにしても、どこを見ても棚田だらけ。山という山を田んぼにしている。
棚田がよく見えるスポットを数箇所まわり、HさんとM氏は撮影の構想を練った。2人は危険だと思われる場所でも棚田の中へずんずん降りていく。着いていくのがたいへん。明日の撮影スポットを2箇所見つけたとHさんとM氏が話し合っていた。
夕方、映画の中でルオマがとうもろこしを売っていたストリートに行く。アミンの写真館は靴屋になっていた。そこはえんえんと500メートルくらい商店と出店が並んでいる。ここの唯一の繁華街だ。ありとあらゆる日用品、雑貨、家電、オーディオ、履物、民族衣装、果物、お菓子、水煙草と水煙草用パイプすべてがここに集約されている。いかに中国が、物が豊富になったかが分かる。雲南のこんな地方でも、何でも溢れるほど売っている。数年前までは考えられない光景だ。M氏が結構丈夫そうな長靴を買った。18元(270円)。
ホテルのロビーにコーヒーがあると聞いて夕食前のコーヒーブレイクをした。しばらくぶりのコーヒー。わりと飲めるコーヒーだった。
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