2007年6月25日 (月)

リー・ミン来日日記⑥【まあまあ詳細】

3月19日

朝5時30分。ホテルのロビーに昨日のピンクのトートを抱えたリー・ミンが降りてきた。 荷物がひとつ増えている。チェックアウトし、ホテルの前からタクシーに乗って東京駅に向かう。成田エクスプレスに乗って成田空港へ。途中、駅構内でやはりミネラル・ウォーターを買う。成田エクスプレス内では、iPotのイヤホン片方を隣の席のスタッフの耳へ突っ込み、片方を自分の耳へ。お気に入りの曲を聴き、楽しそう。7時、空港到着。チェックインカウンターへ。手続きが終了すると、出発出口へ向かう。時間帯のせいで、人が大勢並んでいる。ここで、海外から初めて一人で国際線の飛行機に乗るので、不安そうな顔になった。列の前に並んでいる日本人に中国語でペットボトルは持って入れないと言われ、スタッフに預ける。しかし気丈に笑顔を作ると、たまに連絡してね、と言って荷物検査へ。北京から雲南への乗り換えの都合で、朝早い便でリー・ミンは帰国の途に着いた。

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リー・ミン来日日記⑤【この日は秘密】

3月18日

この日、リー・ミンは朝からSHIBUYA-109と原宿の竹下通りへ。雑誌「Tittle」の取材で答えている友達の証言を確認するため、日曜日の渋谷へ向かう。。。。プレイベートのためこれ以上詳細が書けず・・・残念。しかし、帰国前日の夕食はもちろん“ラーメン”だった(明記)。

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リー・ミン来日日記④【ちょっと詳細】

3月17日

この日も朝10時から取材を受ける。体調は良くなって朝から元気いっぱいでスタッフも一安心。インターネットや雑誌やテレビの取材をこなす。合同取材もあり、複数社のインタビュアーの質問にもはきはきと答える。午後、某雑誌の取材で、銀座四丁目でのグラビア撮影。三越と和光との交差点で、信号が変わるまでの短い時間を狙って撮影。カメラマンの方の納得がいくまで何回も何回も撮影ポイントまで行き笑顔を見せる。珍しい民族衣装姿に多くの人たちが興味深げに覗いていく。撮影場所までの移動の車の中でも楽しそうにニコニコずっと笑顔で質問に答えていた。この日は、9社の取材を受けて終了。これで取材はすべて完了。リー・ミンお疲れ様でした!

取材が終わったのにホッとしたのか、弾ける笑顔を連発するリー・ミン。民族衣装の格好のまま、打ち上げ会場に向かう。フランスから戻ってきてすぐ翌日来日してくれた監督が、さすがにお疲れのご様子だったので、会場はホテルの近くのすき焼き店になった。飲まない監督とリー・ミンは、中国の役者等の噂話をしながら楽しそうに食べている。ここでも葱は食べない。スタッフにも、日本に来て女優として取材を受けた感想や、中国大使館での試写会の感想、初めての東京で印象に残った数々を話してくれた。

監督は明日帰国、リー・ミンもフリー1日を残して帰国という日だったので、スタッフからおみやげが渡される。取材中に『ドラえもん』の映画シリーズで、「これは面白いよ!」とインタビュアーに聞いたリー・ミンが「観たい!観たい!」を連発していたもの。とびきりの笑顔を見せ、中を開けてみる。大好きなドラえもんの映画のDVDだった。日本語なのか中国語なのか解らない叫び声(ドラえもん!と叫んだ?)と共に、うれしそうに何度もありがとうをそのスタッフに繰り返していた。その後、監督一行と別れ、この3日間念願だった某大手家電店に行く。○SPを買うために地下へ。しかし中国のソフトでは対応しないかもしれないとお店の人に言われ、泣く泣く諦めた。次にUSBのところへ、更に各種メモリーカードのところへ、デジカメへ次々と店内を移動していく。しかしやはり中国で明確に対応するかどうか、Yesとは言い切れないお店の返答に、諦めて部屋へ戻る。心は既に明日の渋谷での買い物・・・のように見えた。

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リー・ミン来日日記③【ちょっと詳細】

3月16日

この日も朝10時から取材。今日は、ある雑誌さんの取材で、東京タワー、日比谷公園、浅草の浅草寺で写真撮影をしながらインタビュアーさんによる取材を受けるというボリュームのある仕事から始まった。実は、昨日の疲れが出たのか、リー・ミンは具合が悪いのを我慢して集合場所に表れた。この日も、気温は最高でも10度という曇り空。心配する取材陣と映画会社のスタッフに「大丈夫、大丈夫」と言い続けるリー・ミン。浅草寺に着くと、リー・ミンは仲見世で大興奮。熱もあるのに見る見る元気になっておおはしゃぎ。楽しさで具合が悪いのも忘れていたらしい。雑誌社の人に「私を東京見物に連れてきてくれてありがとう」と感激していました。いったん映画会社に戻って休憩を取らせてもらい、お昼ご飯に温かい野菜麺を食べて、ちょっとゆっくり。それからまた3社の取材を受けてこの日の取材は終了。さすが女優というプロ根性で、この取材を乗り切った。だんだん元気になって来たリー・ミンは、監督やスタッフと一緒に銀座の刀削麺やさんにお食事へ。宴もたけなわな頃、1月にポスター撮影のため映画のロケ地雲南省を訪れた写真家の橋口譲二さんが合流。橋口さんは中国大使館も試写にも来てくれたのだが、リー・ミンは取材が詰まっていたため再会できなかったのです。約2ヶ月ぶりに、しかも日本に来日した中国の女優として会うリー・ミンは、ポスターのメイン・ビジュアルになっている自分の姿を見て、感謝感激していました。

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リー・ミン来日日記②【ちょっと詳細】

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取材
今日から3日間は映画のプロモーションのため、映画会社の会議室でたくさんの取材を受けなければいけない。朝10時から休む間もなく取材をこなす。東京プロモーションの記念すべき一回目は、ロハス系の雑誌さん。インタビューもそこそこに、近くの公園に出て雑誌の写真撮影。リー・ミンの民族衣装は外に出て緑の前に立つと、シックな色調なのにとても色が鮮やかに映える。カメラマンさんのオーダーを快く聞き入れて撮影をしながら、ハニ続の民族衣装についてたくさん説明してくれる。帽子についているカラフルな糸は、手編みで一本一本つくりあげるそうだ。帽子の後ろに垂れるかたちの飾りには、キラキラとした小さな銀色の装飾が緊密に埋め込まれていて、とても美しい。これもひとつひとつ手で埋め込むのだそう。ハニの民族衣装は、機織りの布を藍染して作る。今では機織りをできる人が少なくなってしまった。リー・ミンのおばあちゃんは機織りができるが、お母さんはできないそう。取材中、素敵な民族衣装に興味深々の取材陣や映画会社の人たちに、丁寧に説明してくれた。カメラマンさんもリー・ミンの可愛らしさにメロメロ。写真の出来上りが楽しみだと意気揚々。気温は約10度。午前中、外の撮影が続き、温かい雲南省から来たリー・ミンには相当寒いはず。寒さに耐えながら、どんなポーズのリクエストにも応えてよく頑張りました。カメラマンさんが最後にリクエストした、「マンダム」のコマーシャルの「ウ~ン、マンダム」ポーズは恥ずかしくて出来なかったけど(笑)

お昼ごはん

午前中取材を4件受けた後、タクシーで六本木ヒルズへ!お昼は六本木ヒルズにある日本料理店「An」にて。ここでチアン・チアルイ監督とも合流。リー・ミンは、ちょっと疲れたみたいで、監督が到着するまでお店でちょっとだけうたたね。でも監督が到着してお料理が運ばれてきた後は、よくしゃべってよく食べました。

中国大使館での試写会

お昼の後は、中国大使館に移動。大使館の中にあるシネマホールで試写会が行われるからだ。ご招待のお客さまや、マスコミの取材の方々が続々と訪れる。上映前に、リー・ミンと監督が舞台挨拶。上映中は、新聞やテレビの取材が続き大忙し。中国大使館での取材を終えると、ちょうど映画の終映時間に重なり、リー・ミンと監督はお客さんたちに取り囲まれてしまった。名残惜しいけど、すぐに大使館を出て某雑誌社へタクシーで向かい、また取材を受ける。これがこの日の最後の取材。

ホテルの表玄関にリー・ミンを乗せたタクシーが着いた。通訳のFさんに付き添われ笑顔少なに取材からホテルの部屋に戻る。試写会の途中で気分が既に悪かったが、ずっと頑張っていたようだ。倒れこむように部屋に入り帽子だけ取ると、バスルームへ(吐いた)。その後暖かいシャワーを浴びて少し元気を取り戻す。途中スタッフが渡した風邪薬を飲もうとするが、吐いたばかりでお腹には何も入っていなかった。「何が食べたい?」、答えはラーメン・・・。具合いの悪いすきっ腹に、それはまずいのでは?と心配するFさんとスタッフをヨソに、銀座の町をトレイに載って部屋まで運ばれたっこしラーメンを残らず食べる。葱は残す。なぜなら、葱を食べると頭が悪くなる、と言われて育ったから。薬を飲み少し元気になった彼女は、ベットに座るとiPodを取り出した。そこには無数の中華圏の歌と洋楽が入っている。1曲ずつFさんとスタッフに聞かせ、知っているかどうかを尋ねる。ほぼ惨敗の状況を見ると彼女は言った「今度中国から1曲ずつ(パソコンで)送ってあげる!」。さらに携帯にある母の写真、仲良しの友人の写真を見せてくれる。携帯には大好きなキャラクターのシールがたくさん貼ってある。写真の母はリー・ミンにそっくりだった。今日はまだ1日目で、明日から更にたくさんの取材媒体が彼女の笑顔を待っている。早く眠るように伝え、この日は終了。

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リー・ミン来日日記①【ちょっと詳細】

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9時ころ、チアン・チアルイ監督と共に東京・成田空港に到着。ホテルに荷物を置いてから、一休みする間もなく、大好きな日本のラーメンが食べたくなり、映画会社のスタッフたちと一緒に宿泊するホテルの近くにある九州ラーメンへ。深夜23時を過ぎているにも関わらず店内は満席!10分程店外で待って立ち話。東京はとても空気がきれい、街並みがきれいと初めての東京を早くも満喫。6人で行って、カウンターしかない店だったので、席がバラバラになってしまったけど、外で待っている間にオーダーを通していたため、座るとすぐにラーメンが出てきた。一口食べただけで、ご満悦の表情。映画の中で素晴らしい笑顔を魅了していたけど、実際の笑顔の方が数倍キュート。

10分足らずでラーメンを食べ終わり、既に24時近いので明日からの取材に備えてこの日は宿泊するホテルに戻る。

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2007年5月24日 (木)

1月23日(火)霧のち晴れ

630。朝食は過橋米線。離れで科挙の勉強をしている青年のところに持っていくために熱い油をスープの上に張って、麺が冷めないようにした雲南省の名物料理。おいしいが朝食には量が多い。リー・ミンが起きてこない。昨日、寒いところを車の中で待っていたので、体調を崩したらしい。しかし、出発の730までには下りてきて元気な顔を見せた。

今日は僕だけ別行動だった。元陽には両替する銀行がない。ホテルで両替しようと思っていたのが浅はかっだった。ホテルには両替するシステムがなく、カードを読み取る機械はずっと壊れたままだと言う。隣の隣の町・个旧の中国銀行まで、州役所の王新さんとドライブした。个旧は錫の精錬工場があり、錫工芸で知られた都市。人口は30万人。元陽からは時速110キロでとばして2時間半。昆明からの高速道路の終点にあたる。

両替して、雲南省の地図とハニ族を紹介した本を買って、昼食をとって戻った。もちろん帰りも時速110キロで2時間半。飛ばしに飛ばして戻った。

民族村の近くのリー・ミンの撮影現場に急行する。个旧は晴天で熱いくらいだったけれど、元陽の棚田は相変わらず、濃い雲に覆われている。デザイナーのMが撮影ディレクターとして棚田のあぜ道に立って、雲の動きをよんでいた。なんとコーディネーター兼通訳のNさんがレフ板を持ってリー・ミンに光をあてている。カメラをのぞきっぱなしのHさんは、僕が近づくと「りんむーさんのいない間に棚田に落ちました」と言って濡れたジーンズのすそを見せた。笑っていると、Mの「もう2分で明かりが来ます」という声がかかった。全員に緊張が走る。民族衣装の上のジャンパーを脱ぎポーズをとるリー・ミン。風の向きが逆になり雲が流れて棚田が現れた。Hさんがシャッターを押す。

この時期の天候はいつもこんな状態らしい。風の具合によって背後の雲が動き、棚田が見えたり消えたりする。後で監督に聞いたら、棚田に水が張られているこの時期が一番きれいだが、棚田から水蒸気が発生し朝から晴れている日は少ないのだと言う。同じ時期に撮られた映画の中の元陽はいつもいい天気だった。だから、晴れが多いのかと思っていた。映画撮影時は、待ちが多くてたいへんだったらしい。

何とか数カット撮ってホテルに戻り、夕食後、Hさん、MNさんと夜の元陽を散策した。

あんなに賑わっていたアミン写真館のあった通りもひっそりとしていたが、薄暗い中にもオレンジなどの果物を山ほど置いた屋台が並んでいた。おそらくこのあたりに一軒だろうとおもうスナックがあってそこに入ると、中は海の家風である。個室に分かれていたが、隣の部屋が板と板の隙間から見えていた。若者のカラオケの歌が聞こえている。コーヒーとひまわりの種を若い女性が運んできた。コーヒーをすすりながら、Mがポツリと言った。「ここ(元陽)って、危険な香りが全然しないね」。

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2007年5月23日 (水)

1月22日(月)霧のち晴れ

ホテル・ロビー集合時間は550分。朝日の棚田を撮るために6時出発だ。ホテルの朝食は630分からだったので朝食を食べていては間に合わない。主役のリー・ミンの到着が少し遅れたけれど、何とか朝日には間に合った。映画の中で、アミンとルオマが観光客に写真を撮らせてお金を稼ぐまさにその場所である。

濃い霧と眼下の厚い雲で何も見えない。しかし、すでにアマチュアカメラマンの三脚の列ができていた。Hさんがよいポジションを取って前へ出ると、彼らから「えい!」と怒りの声が出る。中国式ブーイングらしい。僕たちのまわりにはゆで卵売りの子供達が寄って来た。一個一元(約15円)。女の子は全員ルオマのようなハニ族の民族衣装を身につけている。中にはハニ族の帽子を被った赤ん坊を負ぶった若い母親もいる。Nさんが、子供たちを去らせようと卵を買ってやったが逆効果、全員が仲さんに群がり、なんと、Nさんは40個ものゆで卵を買わされてしまった。朝食にありつけなかった我々は、ゆで卵と昨日買ったバナナで餓えを凌いだ。そうこうしているうちに、霧が少しずつ晴れて雲が明るくなってきた。

カメラマンたちの緊張が伝わってくる。太陽が顔を出すにつれて雲が流れ棚田が現れた。目の当りにした元陽の棚田は、きれいとか雄大というよりも壮大で一種近寄りがたい神々しさがある。あちこちでシャッター音が聞こえる。陽が当たり、水を湛えた棚田の数枚がぴかりと光る。Hさんが「りんむーさん、いい写真撮れましたよ」と僕のほうに振り返った時は涙がこぼれそうになった。

リー・ミンはいつでも行けるように待機していたが、Hさんは風景カットだけ抑えて、リー・ミンを撮影する気はないらしい。雲が流れてきて棚田が見えなくなると、HさんとM氏は谷に降りていった。HさんのカメラマンコートとM氏のオレンジ色のコートが谷間の雲に隠れた。

HさんとM氏は、今日はロケハンにあてるつもりらしい。「いい場所が決まれば仕事は終わったようなものです」とHさんが言っていた。

厚い雲がとれないので、ハニ族民族村に移動する。民族村とは言ってもお祭り広場と資料館があるだけで全然観光地の感じはない。広場ではハニ族の子供たちがわいわいと遊んでいた。男の子も女の子も民族衣装である。子供たちに残っていた卵をあげると声を上げて喜んだ。家に駆け込んでお母さんに見せている子もいた。資料館は古くはなさそうなのだが、さびれていた。伝統的な農機具が展示されていたり、“長街宴”という村の全員が向かい合って食事をする祭りの様子のフィギアがガラスケースに飾ってあったり、水稲の伝播を表す地図があった。水稲の足跡は中国の海岸にも達していた。そこから日本に伝わって、日本でも水稲をするようになったといわれている。ハニの民は日本人のルーツなのだ。

それ以外の建物はハニ族の皆さんが普通に住んでいる。とぼけた顔をした水牛や黒豚が納屋の中にいたり、洗濯物が干してあったり。リー・ミンはこの村に撮影前2ヶ月間暮らしたと言う。リー・ミンは元陽の出身ではなく、隣の町紅河の役人の一人娘で棚田のあぜ道を歩いたこともなかったらしい。2ヶ月の特訓で村の娘のようにかごを背にして、あぜ道を自在に駆けることができるようになった。『雲南の少女 ルオマの初恋』のルオマの家もその中にあった。2階に設けられた物干し台は撤去されていたが、階段やとうもろこしを茹でていたかまども機織の場所もそのままだった。思ったより狭くて、映画の中ではルオマが軽快に1階2階を上り下りしたり、おばあさんと食事をしていたけれど窮屈だったろうなと思った。それにしても、どこを見ても棚田だらけ。山という山を田んぼにしている。

棚田がよく見えるスポットを数箇所まわり、HさんとM氏は撮影の構想を練った。2人は危険だと思われる場所でも棚田の中へずんずん降りていく。着いていくのがたいへん。明日の撮影スポットを2箇所見つけたとHさんとM氏が話し合っていた。

夕方、映画の中でルオマがとうもろこしを売っていたストリートに行く。アミンの写真館は靴屋になっていた。そこはえんえんと500メートルくらい商店と出店が並んでいる。ここの唯一の繁華街だ。ありとあらゆる日用品、雑貨、家電、オーディオ、履物、民族衣装、果物、お菓子、水煙草と水煙草用パイプすべてがここに集約されている。いかに中国が、物が豊富になったかが分かる。雲南のこんな地方でも、何でも溢れるほど売っている。数年前までは考えられない光景だ。M氏が結構丈夫そうな長靴を買った。18元(270円)。

ホテルのロビーにコーヒーがあると聞いて夕食前のコーヒーブレイクをした。しばらくぶりのコーヒー。わりと飲めるコーヒーだった。

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1月21日(日)

ホテルで軽い朝食をとって2台のタクシーに分乗、北京首都空港に向かう。3時間半のフライトで昆明に着いた。やはり南の地、暑い。半そででちょうどいい。監督が手配してくれたマイクロバスで元陽に向かって出発。その前に腹ごしらえ、通称キノコ・ストリートの有名店・野菌飯店でキノコ鍋を食べる。これが絶品。20数種類のキノコを鳥のぶつ切りと鳥の油のスープで煮込む。マツタケ、しいたけ、しめじ、はつたけ、まいたけ、ふくろだけ、その親戚たち、さっと干したものと生と違った食感を楽しめる。付け合せ(?)は竹の節につめて炊いたもち米と竹につく虫のから揚げ、もち米のもちもちと虫のこうばしさ。忘れられない。満腹で幸せな気分。しかし、この時はまだ、元陽への過酷なドライブが待っていようとは露ほども知らなかったのだ。

380キロの行程は、快適な高速道路の走行が半分、途中から左が崖になっているラリーのような走路になる。山の中を走るころは日も暮れてきた。しかも行けども行けども民家が見えない。その不安から、Hさん、M氏という優秀なカメラマンと売れっ子デザイナーをここに連れてきたことを後悔し始めた。長いトンネルを越えたところから急に深い霧になった。その時、この思いは最高潮に達した。一寸先も見えない6メートルほどの道巾なのに対向車はなぜか大型トラックばかり、霧と暗さのせいで何を積んでいるのか分からないが、ひっきりなしにすれ違った。そうかと思うと、何か重そうな荷物を満載したトラックが前方をノロノロと走っている。そのトラックを、警笛を鳴らしまくりながら追い越していく。運転席の後ろにいた僕は、運転もしていないのに緊張して汗だく。

道々、夜も遅いのに道路際に果物を売る夜店が現れる。Nさんがモンキーバナナのお兄さんくらいの大きさのバナナを買った。一房に200本近いバナナがついていた。これが翌日、大きな威力を発揮した。

町らしい集落をいくつか過ぎて元陽に到着。中国の田舎町で、レンガ造りの小さな家ばかり。本当に外国人が泊まるようなホテルがあるのだろうかと思ったが、急な坂を左にカーブすると霧の中に雲梯大酒店が現れた。唯一エレベーターのある建物だ。昆明空港から6時間強かかった。外は寒い。2000メートルの高地だからか、暖冬日本の1月より寒い。ホテルに入ったらもっと寒かった。暖房が入っていなくて、ベッドには電気毛布があった。ドイツ在住のHさん曰く「寒い時期が短いから暖房装置がないのでしょう。ドイツの家に冷房がないのと同じですよ」

ホテルでリー・ミンが待っていた。一昨年アジアフォーカス福岡映画祭で会って以来だ。大人になった感じはするが、『雲南の少女 ルオマの初恋』のイメージは損なっていなかった。あとは天気がいいことを祈るだけ。

雲南省のお役人、自治州のお役人、元陽県のお役人、ハニ族のお役人が出迎えてくれて食卓を囲んだ。お役人たちの何人かは、全日程撮影に同行してくれると言う。トマトと卵の炒め物、鶏肉と野菜の炒め物等中国の定番料理に混じって、ミントの炒め物、ドクダミの茎のサラダという元陽県ならではの料理もあった。野菜大好きのHさんと僕は大喜びだった。

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2007年1月20日(土) 晴れ

900の中国国際航空で北京に着いた。日本時間1300、北京時間1200意外に寒くない。近頃北京は雨が多く、そんなに乾燥していないし冬も以前ほど寒くないそうだ。地球温暖化は深刻である。

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飛行機で爆睡していたM氏が、お腹がすいたと言う。王府井大飯店にチェックインした僕、Hさん、M氏、コーディネート兼通訳のNさんの4人は、僕が北京に来るとよく行く王府井大通り東方新天地の四川料理の店に向かった。ここは、カエルの麻辣味がメチャメチャうまい。上品と下品の狭間の味、僕の好みだ。定番麻婆豆腐、鶏肉とカシュウーナッツ唐辛子揚げ、ゴーヤのあっさりサラダ風等、急速に生活が向上している北京の現在の庶民の味。皆気に入ってくれた。

HさんとM氏は北京の胡同(フートン)を見にでかけ、僕とNさんはホテルに戻りチャン・チアルイ監督とホテルのロビーで打合せ。明日の昆明行きの飛行機チケットをホテルの販売所で買い求め、打合せ終了。

夜は全員一致で全聚徳の北京ダック。行く前から一日目の北京での夕食は「全聚徳」の北京ダックと決めていた。全聚徳の北京ダックはおいしい。アヒルのタン、水かきも酒の肴にぴったり。でも、日本で食べたら目が飛び出すほど高い。北京だからご馳走できる。監督は「リー・ミンのイメージは変わっていない」と言う。最近撮った写真は送ってもらっていたが、会ってみないと分からない。「ケバイ20歳」になっていたら困る。明日は昆明行き830分の飛行機なので11時には切り上げて、帰路についた。

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