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2007年5月24日 (木)

1月23日(火)霧のち晴れ

630。朝食は過橋米線。離れで科挙の勉強をしている青年のところに持っていくために熱い油をスープの上に張って、麺が冷めないようにした雲南省の名物料理。おいしいが朝食には量が多い。リー・ミンが起きてこない。昨日、寒いところを車の中で待っていたので、体調を崩したらしい。しかし、出発の730までには下りてきて元気な顔を見せた。

今日は僕だけ別行動だった。元陽には両替する銀行がない。ホテルで両替しようと思っていたのが浅はかっだった。ホテルには両替するシステムがなく、カードを読み取る機械はずっと壊れたままだと言う。隣の隣の町・个旧の中国銀行まで、州役所の王新さんとドライブした。个旧は錫の精錬工場があり、錫工芸で知られた都市。人口は30万人。元陽からは時速110キロでとばして2時間半。昆明からの高速道路の終点にあたる。

両替して、雲南省の地図とハニ族を紹介した本を買って、昼食をとって戻った。もちろん帰りも時速110キロで2時間半。飛ばしに飛ばして戻った。

民族村の近くのリー・ミンの撮影現場に急行する。个旧は晴天で熱いくらいだったけれど、元陽の棚田は相変わらず、濃い雲に覆われている。デザイナーのMが撮影ディレクターとして棚田のあぜ道に立って、雲の動きをよんでいた。なんとコーディネーター兼通訳のNさんがレフ板を持ってリー・ミンに光をあてている。カメラをのぞきっぱなしのHさんは、僕が近づくと「りんむーさんのいない間に棚田に落ちました」と言って濡れたジーンズのすそを見せた。笑っていると、Mの「もう2分で明かりが来ます」という声がかかった。全員に緊張が走る。民族衣装の上のジャンパーを脱ぎポーズをとるリー・ミン。風の向きが逆になり雲が流れて棚田が現れた。Hさんがシャッターを押す。

この時期の天候はいつもこんな状態らしい。風の具合によって背後の雲が動き、棚田が見えたり消えたりする。後で監督に聞いたら、棚田に水が張られているこの時期が一番きれいだが、棚田から水蒸気が発生し朝から晴れている日は少ないのだと言う。同じ時期に撮られた映画の中の元陽はいつもいい天気だった。だから、晴れが多いのかと思っていた。映画撮影時は、待ちが多くてたいへんだったらしい。

何とか数カット撮ってホテルに戻り、夕食後、Hさん、MNさんと夜の元陽を散策した。

あんなに賑わっていたアミン写真館のあった通りもひっそりとしていたが、薄暗い中にもオレンジなどの果物を山ほど置いた屋台が並んでいた。おそらくこのあたりに一軒だろうとおもうスナックがあってそこに入ると、中は海の家風である。個室に分かれていたが、隣の部屋が板と板の隙間から見えていた。若者のカラオケの歌が聞こえている。コーヒーとひまわりの種を若い女性が運んできた。コーヒーをすすりながら、Mがポツリと言った。「ここ(元陽)って、危険な香りが全然しないね」。

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2007年5月23日 (水)

1月22日(月)霧のち晴れ

ホテル・ロビー集合時間は550分。朝日の棚田を撮るために6時出発だ。ホテルの朝食は630分からだったので朝食を食べていては間に合わない。主役のリー・ミンの到着が少し遅れたけれど、何とか朝日には間に合った。映画の中で、アミンとルオマが観光客に写真を撮らせてお金を稼ぐまさにその場所である。

濃い霧と眼下の厚い雲で何も見えない。しかし、すでにアマチュアカメラマンの三脚の列ができていた。Hさんがよいポジションを取って前へ出ると、彼らから「えい!」と怒りの声が出る。中国式ブーイングらしい。僕たちのまわりにはゆで卵売りの子供達が寄って来た。一個一元(約15円)。女の子は全員ルオマのようなハニ族の民族衣装を身につけている。中にはハニ族の帽子を被った赤ん坊を負ぶった若い母親もいる。Nさんが、子供たちを去らせようと卵を買ってやったが逆効果、全員が仲さんに群がり、なんと、Nさんは40個ものゆで卵を買わされてしまった。朝食にありつけなかった我々は、ゆで卵と昨日買ったバナナで餓えを凌いだ。そうこうしているうちに、霧が少しずつ晴れて雲が明るくなってきた。

カメラマンたちの緊張が伝わってくる。太陽が顔を出すにつれて雲が流れ棚田が現れた。目の当りにした元陽の棚田は、きれいとか雄大というよりも壮大で一種近寄りがたい神々しさがある。あちこちでシャッター音が聞こえる。陽が当たり、水を湛えた棚田の数枚がぴかりと光る。Hさんが「りんむーさん、いい写真撮れましたよ」と僕のほうに振り返った時は涙がこぼれそうになった。

リー・ミンはいつでも行けるように待機していたが、Hさんは風景カットだけ抑えて、リー・ミンを撮影する気はないらしい。雲が流れてきて棚田が見えなくなると、HさんとM氏は谷に降りていった。HさんのカメラマンコートとM氏のオレンジ色のコートが谷間の雲に隠れた。

HさんとM氏は、今日はロケハンにあてるつもりらしい。「いい場所が決まれば仕事は終わったようなものです」とHさんが言っていた。

厚い雲がとれないので、ハニ族民族村に移動する。民族村とは言ってもお祭り広場と資料館があるだけで全然観光地の感じはない。広場ではハニ族の子供たちがわいわいと遊んでいた。男の子も女の子も民族衣装である。子供たちに残っていた卵をあげると声を上げて喜んだ。家に駆け込んでお母さんに見せている子もいた。資料館は古くはなさそうなのだが、さびれていた。伝統的な農機具が展示されていたり、“長街宴”という村の全員が向かい合って食事をする祭りの様子のフィギアがガラスケースに飾ってあったり、水稲の伝播を表す地図があった。水稲の足跡は中国の海岸にも達していた。そこから日本に伝わって、日本でも水稲をするようになったといわれている。ハニの民は日本人のルーツなのだ。

それ以外の建物はハニ族の皆さんが普通に住んでいる。とぼけた顔をした水牛や黒豚が納屋の中にいたり、洗濯物が干してあったり。リー・ミンはこの村に撮影前2ヶ月間暮らしたと言う。リー・ミンは元陽の出身ではなく、隣の町紅河の役人の一人娘で棚田のあぜ道を歩いたこともなかったらしい。2ヶ月の特訓で村の娘のようにかごを背にして、あぜ道を自在に駆けることができるようになった。『雲南の少女 ルオマの初恋』のルオマの家もその中にあった。2階に設けられた物干し台は撤去されていたが、階段やとうもろこしを茹でていたかまども機織の場所もそのままだった。思ったより狭くて、映画の中ではルオマが軽快に1階2階を上り下りしたり、おばあさんと食事をしていたけれど窮屈だったろうなと思った。それにしても、どこを見ても棚田だらけ。山という山を田んぼにしている。

棚田がよく見えるスポットを数箇所まわり、HさんとM氏は撮影の構想を練った。2人は危険だと思われる場所でも棚田の中へずんずん降りていく。着いていくのがたいへん。明日の撮影スポットを2箇所見つけたとHさんとM氏が話し合っていた。

夕方、映画の中でルオマがとうもろこしを売っていたストリートに行く。アミンの写真館は靴屋になっていた。そこはえんえんと500メートルくらい商店と出店が並んでいる。ここの唯一の繁華街だ。ありとあらゆる日用品、雑貨、家電、オーディオ、履物、民族衣装、果物、お菓子、水煙草と水煙草用パイプすべてがここに集約されている。いかに中国が、物が豊富になったかが分かる。雲南のこんな地方でも、何でも溢れるほど売っている。数年前までは考えられない光景だ。M氏が結構丈夫そうな長靴を買った。18元(270円)。

ホテルのロビーにコーヒーがあると聞いて夕食前のコーヒーブレイクをした。しばらくぶりのコーヒー。わりと飲めるコーヒーだった。

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1月21日(日)

ホテルで軽い朝食をとって2台のタクシーに分乗、北京首都空港に向かう。3時間半のフライトで昆明に着いた。やはり南の地、暑い。半そででちょうどいい。監督が手配してくれたマイクロバスで元陽に向かって出発。その前に腹ごしらえ、通称キノコ・ストリートの有名店・野菌飯店でキノコ鍋を食べる。これが絶品。20数種類のキノコを鳥のぶつ切りと鳥の油のスープで煮込む。マツタケ、しいたけ、しめじ、はつたけ、まいたけ、ふくろだけ、その親戚たち、さっと干したものと生と違った食感を楽しめる。付け合せ(?)は竹の節につめて炊いたもち米と竹につく虫のから揚げ、もち米のもちもちと虫のこうばしさ。忘れられない。満腹で幸せな気分。しかし、この時はまだ、元陽への過酷なドライブが待っていようとは露ほども知らなかったのだ。

380キロの行程は、快適な高速道路の走行が半分、途中から左が崖になっているラリーのような走路になる。山の中を走るころは日も暮れてきた。しかも行けども行けども民家が見えない。その不安から、Hさん、M氏という優秀なカメラマンと売れっ子デザイナーをここに連れてきたことを後悔し始めた。長いトンネルを越えたところから急に深い霧になった。その時、この思いは最高潮に達した。一寸先も見えない6メートルほどの道巾なのに対向車はなぜか大型トラックばかり、霧と暗さのせいで何を積んでいるのか分からないが、ひっきりなしにすれ違った。そうかと思うと、何か重そうな荷物を満載したトラックが前方をノロノロと走っている。そのトラックを、警笛を鳴らしまくりながら追い越していく。運転席の後ろにいた僕は、運転もしていないのに緊張して汗だく。

道々、夜も遅いのに道路際に果物を売る夜店が現れる。Nさんがモンキーバナナのお兄さんくらいの大きさのバナナを買った。一房に200本近いバナナがついていた。これが翌日、大きな威力を発揮した。

町らしい集落をいくつか過ぎて元陽に到着。中国の田舎町で、レンガ造りの小さな家ばかり。本当に外国人が泊まるようなホテルがあるのだろうかと思ったが、急な坂を左にカーブすると霧の中に雲梯大酒店が現れた。唯一エレベーターのある建物だ。昆明空港から6時間強かかった。外は寒い。2000メートルの高地だからか、暖冬日本の1月より寒い。ホテルに入ったらもっと寒かった。暖房が入っていなくて、ベッドには電気毛布があった。ドイツ在住のHさん曰く「寒い時期が短いから暖房装置がないのでしょう。ドイツの家に冷房がないのと同じですよ」

ホテルでリー・ミンが待っていた。一昨年アジアフォーカス福岡映画祭で会って以来だ。大人になった感じはするが、『雲南の少女 ルオマの初恋』のイメージは損なっていなかった。あとは天気がいいことを祈るだけ。

雲南省のお役人、自治州のお役人、元陽県のお役人、ハニ族のお役人が出迎えてくれて食卓を囲んだ。お役人たちの何人かは、全日程撮影に同行してくれると言う。トマトと卵の炒め物、鶏肉と野菜の炒め物等中国の定番料理に混じって、ミントの炒め物、ドクダミの茎のサラダという元陽県ならではの料理もあった。野菜大好きのHさんと僕は大喜びだった。

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2007年1月20日(土) 晴れ

900の中国国際航空で北京に着いた。日本時間1300、北京時間1200意外に寒くない。近頃北京は雨が多く、そんなに乾燥していないし冬も以前ほど寒くないそうだ。地球温暖化は深刻である。

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飛行機で爆睡していたM氏が、お腹がすいたと言う。王府井大飯店にチェックインした僕、Hさん、M氏、コーディネート兼通訳のNさんの4人は、僕が北京に来るとよく行く王府井大通り東方新天地の四川料理の店に向かった。ここは、カエルの麻辣味がメチャメチャうまい。上品と下品の狭間の味、僕の好みだ。定番麻婆豆腐、鶏肉とカシュウーナッツ唐辛子揚げ、ゴーヤのあっさりサラダ風等、急速に生活が向上している北京の現在の庶民の味。皆気に入ってくれた。

HさんとM氏は北京の胡同(フートン)を見にでかけ、僕とNさんはホテルに戻りチャン・チアルイ監督とホテルのロビーで打合せ。明日の昆明行きの飛行機チケットをホテルの販売所で買い求め、打合せ終了。

夜は全員一致で全聚徳の北京ダック。行く前から一日目の北京での夕食は「全聚徳」の北京ダックと決めていた。全聚徳の北京ダックはおいしい。アヒルのタン、水かきも酒の肴にぴったり。でも、日本で食べたら目が飛び出すほど高い。北京だからご馳走できる。監督は「リー・ミンのイメージは変わっていない」と言う。最近撮った写真は送ってもらっていたが、会ってみないと分からない。「ケバイ20歳」になっていたら困る。明日は昆明行き830分の飛行機なので11時には切り上げて、帰路についた。

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2006年12月6日(水) 晴れ

1600M氏事務所。Hさんに会う。白髪に口ひげを蓄えられたやさしそうな風貌。口調も穏やか。リー・ミン撮影の件をお願いすると「Mさんから話がありました。僕も雲南の地に立ってみたかったので、行かせてください」と言ってくれた。スケジュールは、今やNHK大河ドラマ「風林火山」のポスターも手がけている超売れっ子M氏に合わせて、120日~26日に決定。心配は、『雲南の少女 ルオマの初恋』は2002年の作品で、それから4年経っていること。当時16歳だったリー・ミンも今や20歳。どう変わっているか?

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2006年11月10日(金) 晴れ

1100。超売れっ子デザイナーM氏のデザイン事務所。宣材の打合せ。「『雲南の少女 ルオマの初恋』の宣伝では、主演女優・リー・ミン(李敏)に、実際に棚田の前に立ってもらって、日本のカメラマンに撮影してもらった写真をポスターに使いたいという考えを暖めている」ことをMに話す。マッチはこの案に賛同してくれて、今、マッチのデザインで写真集出版の準備をしているHさんを推薦してくれた。Hさんは僕と同世代。1980年代から写真集や著述で活躍しているカメラマン。来年1月「十七歳」「Father」「カップル」の代表的な3冊の写真集が新装丁で出版されるという。『雲南の少女 ルオマの初恋』の原題は『ルオマは十七歳』。〈十七歳〉つながりだよとM氏が言った。よしっ、Hさんにリー・ミンを撮ってもらおう。

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2007年5月13日 (日)

2006年某月某日 晴れ

紆余曲折あったけど、『雲南の少女 ルオマの初恋』は東京都写真美術館ホールが上映してくれることになった。

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2007年5月12日 (土)

2003年8月30日(土) 晴れ

北京の中国電影集団公司試写室。開催中の北京放映で『雲南の少女 ルオマの初恋』を観た。フォトジェニックで分かりやすいストーリー。主人公ルオマの純粋で一途な恋の甘酸っぱい心のときめき、雄大な棚田の風景、観光化が進みつつある中国雲南省少数民族の姿。感動した。早速、相棒の中国人Nさんに相談して買い付けの交渉。

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『雲南の少女 ルオマの初恋』配給日記開始!!

よく中国に行っている管理人「りんむー」から、中国、仕事、映画、もろもろの話題をお届けします!

当分6月16日(土)から東京都写真美術館ホールで公開される中国映画『雲南の少女 ルオマの初恋』の配給・宣伝日誌になりそうですが・・・

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